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  • こんにちは、森本愛です。パリのパティスリー「Sebastien Gaudard セバスチャン・ゴダール」でセバスチャンのアシスタントとして仕事をしています。アシスタントといってもお菓子を作るパティシエではなく、広報、マーケティング、イベントやコラボレーション企画のプロジェクト管理などを主な仕事としています。フランス人が愛して止まない「パティスリー」の表舞台と裏舞台の両方に関わる日々は、発見と驚きの連続。この連載で皆さんと少しでも共有できたら幸せです。
                                 森本愛

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 移動祝祭日 ”Paris est une fete”  vol.1 「春に。」

  • ≪ Soleil printanier, enfin ! ≫.「待ちに待った太陽!」。冬の終わりは劇的でした。雲に覆われた空が200日も続いた後の春の到来ですから!空は急に高くなり、セーヌ川は強い陽射しに照らされて輝いています。いつものマルシェも様子が違います。新芽を象徴するようなあざやかな緑のアスパラガス、太陽をしっかり吸い込んだ、はちきれんばかりの真っ赤な苺たち。春を飾る主役たちの堂々たる登場、ヴィヴィッドな色には生命の力さえ感じます。

    この時期、初春を迎えたパリジャン、パリジェンヌたちは、春の喜びが詰まったパティスリーを挙って買い求めることになります。友人たちとの週末のピクニックには、形の崩れにくい苺のタルト( Tarte aux fraises )を。家族が集まる日曜の特別な春のランチには、ジェノワーズの中にたっぷり詰まった苺の特別な日のケーキ、フレジエ( Fraisier )を。何気ない午後のティータイムに春の香りを加えたい時は、色もフォルムも美しい苺味のパート・ド・フルイ(Pate de fruits)を、といった具合に。思えば1年前の春、セバスチャンの元で新しいスタートを切ったあの日、ブティックのショーケースを彩っていたのもやはり苺の美しいケーキたちでした。
  • 中国人形

  「セバスチャン・ゴダール」で使用される果物は、フランスの南西アキテーヌ地方にあるロット・エ・ガロンヌ県の農家から直接届きます。初春の主役である苺は、日中を避け、味持ちがしっかりすると言われる18時以降に一粒一粒収穫され、その後そのままパリに送られてきます。アトリエの大きなテーブルに並んだこの苺たちは、まず最初にシェフ・パティシエであるセバスチャンの厳しいチェックを受け、すでに熟れ過ぎたもの、つまり、赤色が深みを帯び過ぎてしまっている苺は取り除かれます。こういう時、セバスチャンはユニフォームの右ポケットにすばやく手を伸ばし、携帯電話を取り出したかと思うと、生産者の中でもセバスチャンが大きな信頼を寄せている農家のクリストフさんにすぐに事情を伝え、なぜ苺の色味に違いがあるのか、出荷の様子はどうだったのか、事情聴取。すぐに新鮮な苺の再送を手配し、一番弟子のシリル君へとバトンタッチ。セバスチャンの右腕であり、アトリエを一手に仕切っているシリル君の指揮により、16名のパティシエたちが無駄のない洗練されたテクニックを発揮して、摘み取られたばかりの苺は美しいケーキへと生まれ変わってゆきます。大地の上から、マルティール通りのショーウィンドーに舞台を移し、この太陽の分身たちは、一斉にパリの春で新しい命を与えられることになるのです。

フランス国内でも有数の農業の中心地であるロット・エ・ガロンヌ県、名前の由来は二つの川にあります。フランス南西部の大自然の中をたおやかに流れるロット川と、スペインのピレネー山脈に源を持つガロンヌ川。Agen産で有名なプルーン(preneau)はフランス国内の70%の出荷を占めると言われています。続いて、もも、りんご、メロン、洋ナシなど、バリエーションは多彩で、さらには、トマトやピーマンといった野菜から穀物、ワインの産地としても知られています。

この一年、セバスチャンが農業生産者たちと密接に関わりながら、日々のパティスリーを生みだす現場を目の当たりにして、私のパティスリーへの見方も少しずつ変化してきました。例えば、産地からパリに直送されてくるこれらの果物たちが主役のパティスリーをいただくということは、このロット・エ・ガロンヌの肥沃な大地に降り注がれる太陽の光をいただくということで、この小さなパティスリーの向こうに広がるストーリーに感謝したくなります。同時に、フランスのパティスリーが美味しいといわれる所以は、こういう素材へのパティシエのこだわりにあると確信するのです。そして、果物の作り手である生産者の方々が、パティスリーになった果物たちを見て、喜びや誇りを感じてくださるようなパティスリーを創ることが、パティシエという道の大切な要素ではないかと感じます。

さて、パティスリーが苺のヴィヴィッドな赤色で春の喜びを表現するころ、パリのブーランジュリー(パン屋さん)が参加して、パリで一番美味しいバゲットを競うコンクール、「パリ・バゲットコンクール Concours de la meilleur baguette de Paris」が開催されます。パリのバゲットの伝統を守り、発展させてゆくことを目的に始まった、パリ市主催のこのコンクール、今年で19回目を迎えました。今回は203本のバゲットがエントリーし、長さ(55~65cm)、重さ(250~300g)、塩分含有量(小麦粉1kgにつき18g)といったベーシックな規定をクリアーした後、審査員の元で、焼き加減、味、外観、内観、香りといった内容の厳しい審査を受けることに。審査員を務めるのは、ガストロノミーに関わるプロたちに加え、インターネット公募後、くじ引きによって選ばれた、6名の一般市民、2011年に見事チャンピオンに輝いたパリ18区に店舗を構えるパン職人、Pascal Barillonさんも駆けつけました。

今年、見事グランプリの栄光を手にしたのはパリ14区のブーランジュリー「Au Paradis du Gourmand」。審査結果の発表になった日、パン職人Ridha Khadjerさんの喜びに溢れた笑顔がメディアを飾りました。賞金は4000ユーロ。さらに、受賞後1年間、大統領官邸であるエリゼ宮へ毎日バゲットを納品する権利が与えられます。もちろんお店の前には、この名誉あるバゲットを買い求めるパリジャン、パリジェンヌの長蛇の列が続き、年間売上は2倍にも、3倍にもなると言われています。

5月の始まり、メーデーには、お互いに「幸福を贈り合う」ために、小さなスズランの花を買い求める習慣がフランスにはあります。Ridhaさんの毎日誠実にパン作りと向き合った勝利と、この健気で瑞々しいスズランの花とが重なって、焼きたてのバゲットのような、じんわり温かな気持ちになるのでした。

追記 
 Ridha Khadjerさんのバゲットをお試しになりたい方は、こちらまで。
 「Au Paradis du Gourmand」 156, rue Raymond Losserand, 75014 Paris

森本愛 1974年生まれ
大阪外国語大学在学中にフランス留学 
Universite Jean Moulin Lyon3を卒業後、パリの映像プロダクションに勤務
2006-2007年、東京でPierre Herme Parisプレス 2012年より現職

 

 パティスリー「セバスチャン・ゴダール」

Patisserie des Martyrs - Sebastien Gaudard -
パティスリー・デ・マルティール - セバスチャン・ゴダール -

セバスチャン・ゴダールが2011年にオープンした初の路面店。場所は美食通りとして名高いパリ9区のマルティール通り。コンセプトはフランス菓子の伝統を伝えること。斬新さやデザイン性を追及するのではなく、誰もが記憶に留めているフランスの古き良きクラッシック・パティスリーの奥深さを追求。ショーウィンドーを飾るのはパリ・ブレストからサントノレといった伝統パティスリーに加えて、クロワッサン等のヴィノワズリー類、ボンボン・ショコラ、アイスクリーム、昔ながらの飴類、お茶類など、コンフィズリーも充実。さらに、パティスリーに合わせて楽しめるシャンパンやワイン、リキュールなど、アルコール類も豊富に取り揃えている。
Patisserie des Martyrs -Sebastien Gaudard-
22, Rue des Martyrs 75009 Paris
Tel : 01 71 18 24 70
www.sebastiengaudard.com 

Sebastien Gaudard セバスチャン・ゴダール
1970年ロワール地方生まれ。『FAUCHON(フォーション)』のシェフ・パティシエを務めた後、老舗高級百貨店『Le Bon Marche(ボン・マルシェ)』にサロン・ド・テ『Delicabar(デリカバー)』をオープン。
時代をリードする存在として注目される。2011年自身の名を掲げた路面店『Patisserie des Martyrs - Sebastien Gaudard-』をオープン。
2012年 Guide Pudloが選ぶ『トップシェフパティシエ』受賞
著書
『Agitateur de gout』 2006年 (Hachette出版)
『Le Meilleur des Desserts』 2009年 (Hachette出版)

  • サンシュルピス広場

    パティスリーの店内

  • セバスチャン・ゴダール

    セバスチャン・ゴダール氏  

  • 白

      

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