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  • こんにちは、森本愛です。パリのパティスリー「Sebastien Gaudard セバスチャン・ゴダール」でセバスチャンのアシスタントとして仕事をしています。アシスタントといってもお菓子を作るパティシエではなく、広報、マーケティング、イベントやコラボレーション企画のプロジェクト管理などを主な仕事としています。フランス人が愛して止まない「パティスリー」の表舞台と裏舞台の両方に関わる日々は、発見と驚きの連続。この連載で皆さんと少しでも共有できたら幸せです。
                                 森本愛

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 移動祝祭日 ”Paris est une fete”  vol.2 「名作のちから」

春の到来を嬉々と迎えたのもつかの間、今年の春は例年と様子が違います。カフェのテラスは閉じられたまま、パリジェンヌは厚手のコートに身を纏い、マルシェを飾るはずのサクランボやアプリコットは未だ地方の農園で収穫待ち...。それもそのはず、今年は例年にない気温の低さの影響で、果物の収穫は通常より3週間も遅れをとっているとか。果実が甘く熟れるために欠かせない太陽の光が十分でないためです。「パティスリーの世界って、本当に天候に左右されるのだから!」辟易とため息をついているのは、この道15年というベテラン店長のナンシー。そう言えば、この時期、売り上げがグンと伸びるはずのアイスクリーム&シャーベット、夏のフルーツのタルトたちは至っておとなしく、代わりに、ショコラ軍が未だ強い存在感を発揮中。季節の主役不在とあっては、ナンシーの腕の見せ所“季節感のあるブティック”演出もいまいちインパクトに欠けてしまいます。

カフェ・ド・マゴ そんな悪天候などどこ吹く風、フランスの南カンヌでは、世界的に注目を集めて止まないカンヌ映画祭が今年も幕を開け連日メディアをにぎわせました。スタートを堂々と飾ったのは『グレート・ギャッツビー*1』。職業柄、映画や文学作品の中に“食”にまつわるシーンが登場すると、ぐっと興味をそそられ、その描かれ方に注目してしまいます。『グレート・ギャッツビー』では、アメリカ生まれのカラフルなカップケーキが離れ離れになっていた恋人が再会する大切なシーンをポップに飾っていたのが印象的でした。緊張感でパンパンに張り詰めたシチュエーションで、クールな主人公がコミカルな動きをしてしまうこのシーンに、カップケーキの愛らしさがぴったり寄り添って、思わず微笑んでしまうのでした。
*1邦題は『華麗なるギャツビー』

さて、この映画の原作は、1920年代にパリにも数年暮らしたアメリカの有名作家、F・スコット・フィッツジェラルドの小説で、当時のアメリカ文学を変えたといわれるほどの名作として知られています。多くのシネアストを魅了し、映画がまだモノクロで作られていた時代から今日まで、何度も映画化されてきました。やはり、“名作”というのは時を超えて人々を感動させ続ける、大きな力を持っているのでしょう。それは小説や映画だけに限らず、パティスリーも同じでは?セバスチャン・ゴダールの仕事を通じてよく思うことです。特に、セバスチャンが掲げるコンセプトが“クラシックなフランスのお菓子を再現すること”であって、デザイン性の強い革新的なお菓子とは一線を画しているため、“名作”や“伝統”といった要素を一層身近に感じているからかもしれません。

“子供のころに味わった定番のヒットパレードたちを、今の時代に合う形で蘇らせる。”セバスチャンの使命感にも似た強いこの気持ちが、多くのフランス人を惹きつけている理由は何だろう?“懐かしさを感じる変わることのない味は、一口食べれば瞬時に「あの頃」の自分に戻してくれるから。”と、探していた答えにヒントを下さったのは、常連客の上品なマダム、マルティーヌさん。毎日の夕食のデザートやお客様を迎えるボンボン・ショコラを買い求めにいらっしゃいます。では、ただ“懐かしい”だけでいいのかしら?いえいえ、昔と今では心地よいとされる味覚、つまり、甘さの感覚が変化しているため、セバスチャンは一つ一つのお菓子の砂糖の量を当時のレシピに比べて控えめになるよう調節し、さらに、お菓子の大きさを一回り小さくすることで、最後の一口まで無理なく食べきれ、食べ終ると一つ一つのお菓子の持つ味わいをしっかり感じられるように工夫したのでした。パティスリーの古き良き“名作”は、ただ単にこの世に再現されている訳ではなく、目に見えないシェフ・パティシエのこだわりがレシピに吹き込まれた賜物だったのです。

“若い人も年老いた人も、一口食べると幼い記憶に呼び戻されて、忘れていた優しい気持ちを手繰り寄せるような、そんなクラシック菓子を守りたい。”そう語るセバスチャンの想いは、例えば、マルティーヌさんのような、長年パリ9区に暮らすお年を召したマダムやムッシューが連日、多く来て下さること、そして、女性客にも勝るほどの男性のお客様がリピーターに多い、というセバスチャン・ゴダールならではの嬉しい現象を生んでいるように感じています。パリ・ブレスト、サントノレ、エクレア、ルリジューズ、ババ・オ・ラム...。お菓子の“名作”を前に、老いも若きも、男も女も、なぜか、みんなが笑顔になってしまう。セバスチャン・ゴダールの仕事を通じて、人々の心に何か温かな感触がダイレクトに届く瞬間に立ち会う中で、それまでただ“美しい、美味しい”というものだった私にとってのフランス・パティスリーが“心”にうったえることのできる、大きな存在へと変わったのでした。

「フランスでは、20年ほど前まで人々の心を揺さぶることができるのは、あくまでもフランス料理とされていました。パティスリーは食事の最後を告げるデザートに過ぎなかったのです。けれど今日、パティスリーも料理と同様人々の心を揺り動かすエレメントとなって、フランスのガストロノミー文化を創っています。」そう語るのは、ル・モンド紙のジャーナリスト、ステファン・ダヴェ氏。一方で、「若い世代のシェフ・パティシエたちがどんどんメディアに登場し、テレビ番組で人気を博し、不景気など忘れてしまうほどにパリの街では新しいパティスリーが毎月オープンしています。人々は贔屓のパティスリーを求めて、セーヌ川をこちらへあちらへ...。パリは今まさに、≪La folie patissiere!≫(パティスリーに熱狂!)。」と、フィガロ紙の食ジャーナリスト、コレット・モンサ女史。

コレットさんの言うように、今、パリでは、続々と新しいパティスリーがオープンしています。そんな中で、エクレアやシュークリームに特化した新しい形のパティスリーや、“MEET”などに代表される地方の老舗高級エピスリーのパリ進出が人々の話題を呼んでいるようです。その中には、アート性の強いデザインで人々の心をうっとりさせるようなパティスリーもあれば、昔ながらの定番なお菓子で人々を甘美な世界に誘うパティスリーもあり、コンセプトは様々。共通しているのは“美味しいお菓子で人々を幸せにしたい”という想い。それぞれのメゾンが大いに個性を発揮して、今日もパリでは人々の心をワクワクドキドキさせているのです。

みなさんの心を揺さぶるパティスリーとは、一体どんな味でしょう?

 

 パティスリー「セバスチャン・ゴダール」

Patisserie des Martyrs - Sebastien Gaudard -
パティスリー・デ・マルティール - セバスチャン・ゴダール -

セバスチャン・ゴダールが2011年にオープンした初の路面店。場所は美食通りとして名高いパリ9区のマルティール通り。コンセプトはフランス菓子の伝統を伝えること。斬新さやデザイン性を追及するのではなく、誰もが記憶に留めているフランスの古き良きクラッシック・パティスリーの奥深さを追求。ショーウィンドーを飾るのはパリ・ブレストからサントノレといった伝統パティスリーに加えて、クロワッサン等のヴィノワズリー類、ボンボン・ショコラ、アイスクリーム、昔ながらの飴類、お茶類など、コンフィズリーも充実。さらに、パティスリーに合わせて楽しめるシャンパンやワイン、リキュールなど、アルコール類も豊富に取り揃えている。
Patisserie des Martyrs -Sebastien Gaudard-
22, Rue des Martyrs 75009 Paris
Tel : 01 71 18 24 70
www.sebastiengaudard.com 

Sebastien Gaudard セバスチャン・ゴダール
1970年ロワール地方生まれ。『FAUCHON(フォーション)』のシェフ・パティシエを務めた後、老舗高級百貨店『Le Bon Marche(ボン・マルシェ)』にサロン・ド・テ『Delicabar(デリカバー)』をオープン。
時代をリードする存在として注目される。2011年自身の名を掲げた路面店『Patisserie des Martyrs - Sebastien Gaudard-』をオープン。
2012年 Guide Pudloが選ぶ『トップシェフパティシエ』受賞
著書
『Agitateur de gout』 2006年 (Hachette出版)
『Le Meilleur des Desserts』 2009年 (Hachette出版)

  • サンシュルピス広場

    パティスリーの店内

  • セバスチャン・ゴダール

    セバスチャン・ゴダール氏  

  • 白

      

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