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  • こんにちは、森本愛です。パリのパティスリー「Sebastien Gaudard セバスチャン・ゴダール」でセバスチャンのアシスタントとして仕事をしています。アシスタントといってもお菓子を作るパティシエではなく、広報、マーケティング、イベントやコラボレーション企画のプロジェクト管理などを主な仕事としています。フランス人が愛して止まない「パティスリー」の表舞台と裏舞台の両方に関わる日々は、発見と驚きの連続。この連載で皆さんと少しでも共有できたら幸せです。
                                 森本愛

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 移動祝祭日 ”Paris est une fete”  vol.3 「味覚通り」

初夏のすがすがしい陽射しがショーウィンドウに反射してキラキラ揺れています。ショーケースに並んだパティスリーたちも、普段より多いパリの観光客の皆さんをお迎えするためでしょうか、いつもに増して美味しそうに並んでいます。今年春にBVA*が実施したアンケート『フランス人が選ぶ人気都市ランキング』の堂々トップに輝いたのはやはりパリ(52%)、続いてボルドー(37%)、トゥールーズ(33%)、モンペリエ(31%)、リヨン(30%)という結果でした。セバスチャン・ゴダールへも海外からの旅行者と同じくらい、フランス人観光客が多く立ち寄ってくださいます。なんでも、年々注目度が高まっている、このマルティール通りを訪れることもパリ観光の楽しみの一つだとか。そうなんです、セバスチャン・ゴダールが店を構えるマルティール通り、ここ4、5年で飛ぶ鳥を落とす勢いでパリの中でも有数の人気通りと名を馳せるようになりました。メディアへの登場も増え、別名『La rue du gout 味覚通り』と呼ばれるまでに。今回はパリの驚きが詰まった、ここ、マルティール通りのお話です。

           1914年当時のマルティール通り

マルティール通りはモンマルトルのふもとに位置します。通りの始まりには17世紀に完成したノートルダム・デ・ロレット教会が悠然と聳え立ち、そこからモンマルトルへと続く1キロほどの緩やかな坂道です。この界隈は元々、由緒ある家の集まる保守的でブルジョアな高級住宅地でした。しかし、センスある豊かな暮らしを求めてBOBO*たちがどんどん移り住んできたのが今から5、6年前。そのころから、マルティール通りにも、セバスチャンのように若い世代を店主にもつパティスリーやビストロ、ベーカリー、エピスリー、カフェ、食品専門店などが、上質で洗練された店を構えるようになり、何十年も前からこの通りで商売をしてきた、チーズ専門店やワイン専門店、八百屋さんたちと肩を並べ、通り全体が生き生きとしたエネルギーを充満させています。

それではマルティ-ル通りを一緒に歩いて行きましょう。ノートルダムデロレット教会前からスタートしてすぐ入り口にはQuincaillerie。キッチン用品を専門に扱う、いわゆる金物屋さんです。すぐ向かいには小さな八百屋さん。スタートがもうすでに『味覚通り』と言わんばかりです。ちなみに、この小さな八百屋さんは通りの右に左に点在していますので、食材の買い忘れも心配なしです。マルティール通りの八百屋さんのすばらしい点は、苺の植木ごと店頭にディスプレイされ、緑の葉っぱの後ろに真っ赤な苺がぶら下がって揺れていたり、、クルクルと回転するオレンジプレッサーでコルシカ島のオレンジが絞られていたり、と、通常のパリ市内の朝市に立つ八百屋さんには見られないような、食材をより身近に感じる工夫がされているところです。ちなみに絞りたてのオレンジジュースはもちろんその場でいただけます。

そこからちょっと進むと左手に50年前からこの通りを見守るイブさんのチーズ専門店formAGER CHATAIGNERが見えてきます。セバスチャンも大ファンでよく個人的に買い物をするイブさんのチーズの魅力は、どの季節にもいちばんフレッシュなヤギのチーズが何種類も見つけられること。イブさんいわくヤギのチーズは地域によって異なる風土がそのまま味わいに反映されるから、何種類も並ぶ中で、その違いを楽しむこともチーズ選びの秘訣だとか。

季節のジャムを多く取り揃えるLA CHAMBRE AUX CONFITURESはイブさんのお店を出てすぐ左にあります。緩やかなカーブが印象的な店内の棚にはジャムがびっしり。元々大手化粧品ブランドのマーケティングをしていたリズさんが2011年の春にオープンさせたお店です。リズさんが幼い頃、おじい様が季節の果物で作るジャムの味が忘れられずこのお店を開いたとか。添加物、色粉などは一切使用していない、オーガニックナジャムを厳選して取り揃えています。何よりこのお店が個性的な理由は、季節ごとに果物をクローズアップし、オリジナルレシピで様々な風味を味わえること。例えばこの季節の主役、サクランボのジャムだけでも、赤ピーマン入り、ミント風味、バニラ風味、チョコレート味…と、名前を追ってゆくだけで楽しくなります。『フランス人にとってジャムは切っても切れない食を彩る要素。皆それぞれ幼い頃に幸福なジャムの記憶があって、その記憶を共有したい。』と、リズさん。希望すればカラフルなスプーンと一緒にラッピングしてくれますから、贈り物にも喜ばれそう。

すぐお隣には南仏の上質なオリーブオイル専門店PREMIER PRESSION PROVENCEがあります。ここでは前年の秋にプロバンスで収穫されたオリーブを使った、絞りたてのオイルがいただけます。早めに収穫した緑オリーブのオイルはフルーティーさが前面に出てくる味わい、一方、時期をずらして、オリーブが十分に熟成するのを待って収穫した黒オリーブのオイルはしっかりしたコクと深みがあり、収穫時期のオリーブによって使い分けながら料理に取り入れるのだとか。オリーブを愛して止まない店主の気持ちが伝わってくるようです。

この辺りでモンマルトルのサクレ・クール寺院が通りの向こうに見えてきます。そして、右手の22番地には2011年にオープンしたマルティール通りのパティスリー、セバスチャン・ゴダール。深いグリーンのファサードが目印です。今日も朝から、マルティール通り商店街のお店の店主たちが次々とやってきては焼きたてのクロワッサンや、お気に入りのパティスリーを買ってゆきます。彼らはすっかり常連さん。同じマルティール通りの住人同士は本当に仲良し。お互いのお店を行き来して、まるで通り全体で励ましあい、称えあう間柄なのです。

  • セバスチャン・ゴダールの数件隣には、選び抜かれたフランスの食材が揃うLES PAPILLES GOURMANDES。職業柄、上質な食材には目がないシェフ・パティシエのセバスチャンも絶賛するこのお店には、フォアグラ、生ハムに調味料、テリーヌや手作りのお惣菜が並びます。マルティ-ル通りには他にも燻製サーモン専門の食材屋さん、イタリア食材専門、ギリシャ食材専門と、それぞれのクオリティーが高く、プロも唸る食材が揃います。その中にこの界隈の住人たちが普段着で日常の食卓のために訪れる、プロだから、プロじゃないから、といったような肩書きは不要で、皆が純粋に美食家。それもマルティール通りの特徴です。
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最後にご紹介するのは、この通りが注目を集める火付け役となったビオレストランROSE BAKERY。仏英カップル、シャルルさんとローズさんの愛が詰まったお店です。2002年のオープンですが、その後の人気ぶりは日本の皆様ご周知の通り。東京でも店舗数を増やしているようですね。このお店の特徴は、温かみのある不揃いなイギリスのスコーンや有機野菜をふんだんに使った野菜でローズさんのアレンジを加えたイギリスの家庭料理をいただけること。シンプルでお洒落で地に足がしっかり着いている。ランチにはビーツとくるみのサラダに豆腐とアスパラのスープ、デザートにはこの店のベストセラー、ローズさんのキャロットケーキ。『フランスのお菓子の歴史は長くて重い分、イギリスのシンプルなお菓子はフランス人パティシエにはできない技、嫉妬してしまう!』と絶賛するのは、セバスチャン。生地の3分の1を占めるオーガニックの人参と刻んだクルミ入り。ほんのり甘いバニラ風味のクリームチーズと一緒に味わいます。

ゴージャスさを追求するのではなく、大切にしているのは確かな毎日の暮らし。ここに紹介したのはほんの一部のお店です。パリにいらした際にはぜひ、マルティール通りであなたのお気に入りを見つけてください。

*BVA:フランスの統計調査を専門に行う組織
*BOBO=bourgeois-boheme:ブルジョワでいながら自由な生活を好むパリジャン、パリジェンヌを指した略語

formAGER CHATAIGNER / 3 rue des Martyrs 75009 Paris
LA CHAMBRE AUX CONFITURES / 9 rue des Martyrs 75009 Paris
PREMIER PRESSION PROVENCE / 9 rue des Martyrs 75009 Paris
LES PAPILLES GOURMANDES / 26 rue des Martyrs 75009 Paris
ROSE BAKERY / 46 rue des Martyrs 75009 Paris

イラスト
Iveta Karpathyova
ILLUSTRATION & CREATIVE SERVICES
www.ivetaka.com

 

 パティスリー「セバスチャン・ゴダール」

Patisserie des Martyrs - Sebastien Gaudard -
パティスリー・デ・マルティール - セバスチャン・ゴダール -

セバスチャン・ゴダールが2011年にオープンした初の路面店。場所は美食通りとして名高いパリ9区のマルティール通り。コンセプトはフランス菓子の伝統を伝えること。斬新さやデザイン性を追及するのではなく、誰もが記憶に留めているフランスの古き良きクラッシック・パティスリーの奥深さを追求。ショーウィンドーを飾るのはパリ・ブレストからサントノレといった伝統パティスリーに加えて、クロワッサン等のヴィノワズリー類、ボンボン・ショコラ、アイスクリーム、昔ながらの飴類、お茶類など、コンフィズリーも充実。さらに、パティスリーに合わせて楽しめるシャンパンやワイン、リキュールなど、アルコール類も豊富に取り揃えている。
Patisserie des Martyrs -Sebastien Gaudard-
22, Rue des Martyrs 75009 Paris
Tel : 01 71 18 24 70
www.sebastiengaudard.com 

Sebastien Gaudard セバスチャン・ゴダール
1970年ロワール地方生まれ。『FAUCHON(フォーション)』のシェフ・パティシエを務めた後、老舗高級百貨店『Le Bon Marche(ボン・マルシェ)』にサロン・ド・テ『Delicabar(デリカバー)』をオープン。
時代をリードする存在として注目される。2011年自身の名を掲げた路面店『Patisserie des Martyrs - Sebastien Gaudard-』をオープン。
2012年 Guide Pudloが選ぶ『トップシェフパティシエ』受賞
著書
『Agitateur de gout』 2006年 (Hachette出版)
『Le Meilleur des Desserts』 2009年 (Hachette出版)

  • サンシュルピス広場

    パティスリーの店内

  • セバスチャン・ゴダール

    セバスチャン・ゴダール氏  

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