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  • こんにちは、森本愛です。パリのパティスリー「Sebastien Gaudard セバスチャン・ゴダール」でセバスチャンのアシスタントとして仕事をしています。アシスタントといってもお菓子を作るパティシエではなく、広報、マーケティング、イベントやコラボレーション企画のプロジェクト管理などを主な仕事としています。フランス人が愛して止まない「パティスリー」の表舞台と裏舞台の両方に関わる日々は、発見と驚きの連続。この連載で皆さんと少しでも共有できたら幸せです。
                                 森本愛

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 移動祝祭日 ”Paris est une fete”  vol.4 「チョコレートの不思議な力」

《Quand rien ne va, l'envie chocolat reste la...》『何にもうまく行かない時だって、チョコレートを食べたくなるっ!』。なんとも気になるフレーズを目にしました。先日の朝刊のとある記事の書き出しです。見開き二ページを堂々と占めたチョコレートビジネスに関するこの記事、『世は不況、チョコレートビジネスは右上がり』と続き、フランスのチョコレートが世界でも国内でも売り上げを年々上げ続けている、という内容で締めくくられていました。

チョコレートがフランス人にとって大切な存在であることは言うまでもありません。人生の大切な場面、出産や誕生日、クリスマスのお祝いも、イースターのお祭りも、美味しいチョコレートを家族で贈りあうのがフランスの風習。大切なハレの日を飾るチョコレート。フランスではパティスリーやショコラトリーの店頭からチョコレートが無くなる日はありません。

チョコレートがこんなにもフランス人に愛されるには、きっとそれなりの理由があるはず。“美味しい”だけでは済まされない何か隠された秘密が!ということで、今回はチョコレートの不思議に迫るお話です。

全ての始まりは一本のカカオの木でした。中央アメリカの雄大な森に太く力強く伸びたカカオの木々たちを想像してください。私たちの5倍も6倍もある背丈に、30ほどのカカオが実をつけています。クルミを10倍に拡大したサイズがちょうどカカオの実1つ分のサイズで、この実を開くと30個ほどのカカオ豆が詰まっているのです。そのカカオ豆を人類で初めて取り出したのは、古代メキシコの人々と言われています。今から4000年も前のこと。例えば古代マヤ人は取り出したカカオ豆を大きなバナナの木葉にくるんで醗酵させ、さらに太陽にさらして乾燥させた後、木製の棒で磨り潰し、水を加えて煮詰め、チリペッパーや蜂蜜を加えて、神様に捧げる特別な飲み物を作っていたのでした。なぜなら、『カカオには人々の心を開き、解き放つ力がある』と、彼らは信じていたから。この神聖な飲み物に自分たちの血を混ぜ、大切な儀式には必ず神様へ献上していたそうです。

海を越え、はるかヨーロッパにこの不思議な粒を持ち帰ったのは、当時アステカ帝国を支配していたスペイン人でした。16世紀の中ごろです。そして、この頃チョコレートは二つの顔を持つようになります。一つは古代マヤ人のエスプリを引き継ぎ、テラピー効果を持つ薬として。もう一つは上流階級の嗜好品として。

チョコレートの医学的効能は主に、“滋養強壮・消化促進”さらには“媚薬効果”なんて言葉も資料に残されています。チリペッパーや胡椒類、ウイキョウやしょうが、オレンジの花など、当事の薬剤師は様々な香辛料を患者の症状に合わせてチョコレート(飲み物)に混ぜ込み、処方薬を煎じていたのです。ところで、2001年に公開された映画『ショコラ』は、薬として処方されるチョコレートが描かれた映画です。舞台は敬虔なカトリック信者が暮らすフランスの小さな片田舎。ある日、その村でヴィヴィアンヌという美しい女性がショコラトリーを開きます。古代マヤ人のレシピに沿って作られる彼女のホットチョコレートに次第に魅了される村人たち。戒律でガチガチに閉ざされていた彼らの心は、チョコレートの不思議な力に触れて開き始めます。チョコレートが人々の心を癒すこのお話、まんざら夢見るファンタジー映画ではなかったのです。

一方、嗜好品としてのチョコレートも一気にスペイン中の上流階級で人気を博します。成功の秘訣は香辛料にとって代わった『甘み』にありました。チョコレートのレシピに砂糖が初めて加わったのです。そして1615年、いよいよ、フランスにチョコレートがやってきます。スペイン王妃アンヌ・ドートリッシュがフランス王ルイ13世と結婚することになり、彼女のお抱え給仕とともにチョコレートははるばる山を越えてフランスにお目見えしたのです。その後、このフランスで、チョコレートはしばらくの間王侯貴族専用の嗜好品でした。というのも、カカオ豆はすこぶる高かったのです。当時の資料で180gのカカオ豆が工場で働く工員の約5ヶ月分のお給料に匹敵したということですから、相当な高級品です。しかし、19世紀に入り、ナポレオン3世がカカオに掛かる税金を排除する法律を公布すると、状況は一変します。チョコレートのデモクラシーを告げるこの声明により、チョコレートはもはや高級品ではなくなり、ようやく一般市民の間で親しまれるようになったのでした。

4000年前、神様へ捧げたものだったチョコレートは、その後、お薬として活躍し、王室に愛された末に、誰もに愛されるポピュラーなデザートになり、現在に至る、という訳です。

さて、今年の初夏にフランスで出版されるや否やベストセラーとなり、話題を読んだ本があります。『La meilleur médicament, c’est vous !(最良の処方箋はあなた自身!)』というタイトルで、私たち一人一人の体に元来備わっている自然治癒力に注目した内容ですが、この書籍の著者が現役の心臓外科医ということも人々の関心を引いたようです。読み進めてゆくと、過度なダイエットのために薬に頼ることを否定した後、薬としてのチョコレートの効果に触れている箇所があり、思わず読み入りました。このお医者様によると、食事前に100%のビターチョコレートを2〜4かけらいただくと、摂食を促すグレリンホルモンを抑えることができ(その効果は絶大だとか…)暴食の予防につながる、ということです。何千年も前から存在した薬としてのチョコレート、当時のエスプリは現代に引き継がれていたのですね。

ところで、名だたる食通として知られ、『美味礼讃』(1925年著)の出版によりフランスの食文化の歴史に大きな一石を投じたヴリア・サヴァランは、その著の中で“美味しいチョコレートを作るのはしごく難しい”と述べた後、この作業は極めてデリケートな仕事のため“霊感にも近い一種の勘を要する”と説いています。セバスチャン・ゴダールのショコラティエ(チョコレート職人)たちは、“霊感”などとは程遠いような素知らぬ顔をして今日も作業を続けていますが、チョコレートの歴史を紐解くと、4000年前も4000年後の今も、どこか“神秘”な空気がチョコレートの周りには漂っていることは否めません・・・。“美味しい”だけでは済まされない、4000年分のチョコレートの後に広がる見えない力のお話は一旦この辺りで終わります。皆さんそれぞれのチョコレートストーリーが後を引き継いでくださることでしょう。

追記
チョコレートの歴史をもっと知りたい!という方にお薦め、パリ10区にあるチョコレート博物館:
Musee gourmand du chocolat
28 bd Bonne Nouvelle 75010 Paris
メトロ:⑦Poissoniere, ⑧⑨Bonne Nouvelle

イラスト
Iveta Karpathyova
ILLUSTRATION & CREATIVE SERVICES
www.ivetaka.com

 

 パティスリー「セバスチャン・ゴダール」

Patisserie des Martyrs - Sebastien Gaudard -
パティスリー・デ・マルティール - セバスチャン・ゴダール -

セバスチャン・ゴダールが2011年にオープンした初の路面店。場所は美食通りとして名高いパリ9区のマルティール通り。コンセプトはフランス菓子の伝統を伝えること。斬新さやデザイン性を追及するのではなく、誰もが記憶に留めているフランスの古き良きクラッシック・パティスリーの奥深さを追求。ショーウィンドーを飾るのはパリ・ブレストからサントノレといった伝統パティスリーに加えて、クロワッサン等のヴィノワズリー類、ボンボン・ショコラ、アイスクリーム、昔ながらの飴類、お茶類など、コンフィズリーも充実。さらに、パティスリーに合わせて楽しめるシャンパンやワイン、リキュールなど、アルコール類も豊富に取り揃えている。
Patisserie des Martyrs -Sebastien Gaudard-
22, Rue des Martyrs 75009 Paris
Tel : 01 71 18 24 70
www.sebastiengaudard.com 

Sebastien Gaudard セバスチャン・ゴダール
1970年ロワール地方生まれ。『FAUCHON(フォーション)』のシェフ・パティシエを務めた後、老舗高級百貨店『Le Bon Marche(ボン・マルシェ)』にサロン・ド・テ『Delicabar(デリカバー)』をオープン。
時代をリードする存在として注目される。2011年自身の名を掲げた路面店『Patisserie des Martyrs - Sebastien Gaudard-』をオープン。
2012年 Guide Pudloが選ぶ『トップシェフパティシエ』受賞
著書
『Agitateur de gout』 2006年 (Hachette出版)
『Le Meilleur des Desserts』 2009年 (Hachette出版)

  • サンシュルピス広場

    パティスリーの店内

  • セバスチャン・ゴダール

    セバスチャン・ゴダール氏  

  • 白

      

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