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  • こんにちは、森本愛です。パリのパティスリー「Sebastien Gaudard セバスチャン・ゴダール」でセバスチャンのアシスタントとして仕事をしています。アシスタントといってもお菓子を作るパティシエではなく、広報、マーケティング、イベントやコラボレーション企画のプロジェクト管理などを主な仕事としています。フランス人が愛して止まない「パティスリー」の表舞台と裏舞台の両方に関わる日々は、発見と驚きの連続。この連載で皆さんと少しでも共有できたら幸せです。
                                 森本愛

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 移動祝祭日 ”Paris est une fete”  vol.6「料理本の人気」

紅葉したマロニエの葉がパリの石畳に美しく舞い落ちる季節になりました。カフェのテラスで読書にふけるパリジャン・パリジェンヌたちの姿もいつも以上にフォトジェニックです。美食に勝る文学の国でもあるフランスですが、先日、気になるニュースを耳にしました。なんでも、フランスの出版界は近年の不況のあおりを受けても料理本の売り上げは右上がり、昨年の総販売数は1300万冊以上、この数字は2005年以来毎年増加の一途をたどっているとか(*1)。今や出版社にとって料理本というカテゴリーは頼れる稼ぎ柱となり、パリの書店でも売り場は常にたくさんの人で溢れ、大変な盛況ぶりです。

今でこそ料理のレシピ本を片手にキッチンに立つという光景は当たり前のことですが、フランスでこのような料理のレシピ本が一般家庭用に書かれたのは戦後のことでした。それまでは料理の本と言えば、難解な専門用語で綴られたプロ仕様のものしか存在せず、主婦にとって遠い遠い存在だったのです。それを分かりやすい言葉に置き換え、主婦に料理の楽しさ気軽さを広めた立役者がフランソワーズ・ベルナールさんという女性、今日のお話の主人公です。

フランソワーズ・ベルナールさんは現在92歳。私が彼女との幸運な出会いを頂いたのは昨年のこと、彼女と親しくしているセバスチャンに紹介されたのがきっかけです。初めてお会いして、目の輝きの強さに一瞬にして惹きつけられたことを今もはっきり覚えています。年令を感じさせない姿勢の美しさ、首もとには必ず明るいローズのシルクのスカーフを纏われ、その下からパールのネックレスが見え隠れするのが何ともエレガント。セバスチャン・ゴダールのお店にも足繁く通ってくださり、新しいお菓子を見つけると、そのキラキラした瞳をいっそう開いて、たくさんの質問をしてくださいます。

2008年にセバスチャンと共著で『Le Meilleure des desserts(至高のデザート/*2)』というレシピ本を出版したのが彼女の最新のニュースですが、実は前述の通り、彼女のレシピ本著者としてのキャリアは50年以上、フランスでは家庭用レシピ本の生みの親とも言える存在なのです。

全ての始まりは1950年代、彼女がまだ20代の頃に遡ります。戦後すぐに勤めていらした外資系会社Unileverで役員秘書をされていたフランソワーズさん、ある日、取引先であるマーガリンメーカーAstra社の販売プロモーションのために、一般家庭用のレシピ本を執筆し、メディアに紹介する役目を仰せつかります。それまで料理とは無縁だったそうですが、彼女を夢中にさせたのは、有名シェフから料理の極意を聞きだし、それを分かりやすい言葉で主婦に向けて発信するという、つまり、シェフと主婦をつなぐ役割そのものだったそうです。このプロモーションは大成功。そこで火が着き、彼女の存在は『働く女性』と『料理が得意な女性』という、強いメッセージをもったキャラクターとして一躍主婦の心を射止めたのでした。当時は女性が社会で働くということが珍しかった時代ですから、多くの主婦たちがフランソワーズの生き方に憧れ、また、勇気づけられたことでしょう。

「つらい戦争の後で、人々の気持ちは美味しい料理をお腹いっぱい食べることができる喜びに溢れていました。そんな幸せなタイミングで私のキャラクターは世に登場。誰もが簡単に美味しい家庭料理ができるよう、レシピの材料は全て近くのスーパーで手軽に購入できるものを選び、複雑な工程は省いて極力時間がかからないよう工夫し、難しい専門用語は一切使わないでできるだけシンプルな言葉を選んでレシピを仕上げました。」と、フランソワーズさん。時代も彼女を後押しします。世界有数の調理器具メーカー『SEB』が圧力鍋を販売したのもこの時期、この圧力鍋の購入者に付録として贈られたカタログにも彼女の顔写真と共にレシピが紹介されました。1956年のことです。当時、圧力鍋の一般家庭への普及と相まって、彼女の名前はフランス中に知れ渡り、料理レシピ本著者として不動の地位を確立したのです。その後1965年にHachette社から出版した『Recette Faciles(簡単に作れるレシピ集)』は100万冊以上の売り上げを記録、今では一家庭に必ず一冊は彼女のレシピ本がある、と言われています。

そんなにも多くの主婦の心をとらえた秘訣は?と伺うと、「きっと、お姉さんが妹に語りかけるような気持ちで執筆したからかしら。先生でも母親でもない、お姉さんと妹という距離が、アドバイスを必要とする当時の主婦たちを惹きつけたのでしょう。」とのお返事。「名前が知られるようになると一ヶ月に1000通ほどのファンレターが届くようになり、それは気がつくと一週間に1000通に。」

彼女の貢献は、料理の専門用語を分かりやすい言葉に置き換えただけではありません。料理本のレイアウトにも大きな革新をもたらしました。例えば、材料と作り方を分けて明記したのも彼女が初めてですし、所要時間、おおよその材料費、難易度、といった情報を一目でわかる様数字に置き換え表記したのも、彼女のアイディアから生まれたものです。現在のレシピ本の分かりやすいレイアウトは全て、フランソワーズの主婦に料理の楽しみを届けたい、という気持ちの賜物だったのです。そして、フランソワーズは各レシピに必ず一言、独自のコメントを載せました。例えば、Pain Perdu(フレンチトースト)のレシピ、『私のとっておきは、フライパンで先にサクランボをソテーして、その直後にフレンチトーストを焼く方法。サクランボの風味がフレンチトーストに香っていつもと違ったスペシャルな朝食に。もちろんソテーしたサクランボを添えて召し上がれ。』といった具合に。

昨年末のフィガロ紙に、フランソワーズの功績を取り上げたインタビュー記事が掲載されました。寄しくもフランスでは同性愛の結婚を法的に認めるかどうか賛否両論が飛び交い激しく討論されていた時期です。「同性愛の結婚、どう思われますか?」というインタビュアーの質問に、「まあ、素敵じゃない。これでまた私の読者が増えるわ!」と、フランソワーズ。この茶目っ気も彼女のチャームポイント。明日の朝食は久しぶりにフレンチトーストにしましょうか?

*1 SANDICAT NATIONAL DE L'EDITION 仏出版労働組合による発表
*2 《La meilleur des desserts》 2008年Hachette社出版

イラスト
Iveta Karpathyova
ILLUSTRATION & CREATIVE SERVICES
www.ivetaka.com

 

 パティスリー「セバスチャン・ゴダール」

Patisserie des Martyrs - Sebastien Gaudard -
パティスリー・デ・マルティール - セバスチャン・ゴダール -

セバスチャン・ゴダールが2011年にオープンした初の路面店。場所は美食通りとして名高いパリ9区のマルティール通り。コンセプトはフランス菓子の伝統を伝えること。斬新さやデザイン性を追及するのではなく、誰もが記憶に留めているフランスの古き良きクラッシック・パティスリーの奥深さを追求。ショーウィンドーを飾るのはパリ・ブレストからサントノレといった伝統パティスリーに加えて、クロワッサン等のヴィノワズリー類、ボンボン・ショコラ、アイスクリーム、昔ながらの飴類、お茶類など、コンフィズリーも充実。さらに、パティスリーに合わせて楽しめるシャンパンやワイン、リキュールなど、アルコール類も豊富に取り揃えている。
Patisserie des Martyrs -Sebastien Gaudard-
22, Rue des Martyrs 75009 Paris
Tel : 01 71 18 24 70
www.sebastiengaudard.com 

Sebastien Gaudard セバスチャン・ゴダール
1970年ロワール地方生まれ。『FAUCHON(フォーション)』のシェフ・パティシエを務めた後、老舗高級百貨店『Le Bon Marche(ボン・マルシェ)』にサロン・ド・テ『Delicabar(デリカバー)』をオープン。
時代をリードする存在として注目される。2011年自身の名を掲げた路面店『Patisserie des Martyrs - Sebastien Gaudard-』をオープン。
2012年 Guide Pudloが選ぶ『トップシェフパティシエ』受賞
著書
『Agitateur de gout』 2006年 (Hachette出版)
『Le Meilleur des Desserts』 2009年 (Hachette出版)

  • サンシュルピス広場

    パティスリーの店内

  • セバスチャン・ゴダール

    セバスチャン・ゴダール氏  

  • 白

      

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